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FIFAワールドカップ

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2010年4月28日 (水) 13:59時点におけるAmberangel (トーク | 投稿記録)による版 (日本・韓国(2002年))

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ワールドカップの噂

  1. ワールドカップと言えば、この大会をさすようになった。
  2. オリンピックとならぶ国際スポーツ大会。
    • それだけに、あれやこれやの利権が絡(から)む。
  3. 特に若手選手の品評会でもある。ここでの活躍がスカウトやらの目に留まって海外移籍なんて事も多い。

大会別の噂

スイス(1954年)

  1. 日本代表が初めて予選参加。
    • ホームでの2試合など、有利なレギュレーションだったが…。
    • ニュース映像などでは「サッカー世界選手権」などと表現されていた。

メキシコ(1986年)

  1. マラドーナ、マラドーナ、マラドーナ!』
    • ネタ的には「神の手」のほうが、おいしい。
  2. 日本代表の予選。『メキシコの青い空に続いているような気がします…』

イタリア(1990年)

  1. 晩年、引退までジュビロで活躍したイタリア代表のスキラッチが得点王になったのがこの大会。
  2. 天才マルコ・ファン・バステン、前バルサ監督のフランク・ライカールト、フェイエ時代の小野の監督だった「黒いチューリップ」ことルート・フリットの「オランダトリオ」を擁したオランダが奮わなかったのは結構衝撃だった。
    • 結果的にはそのオランダを下した西ドイツが優勝した。
  3. マラドーナの話はある意味禁句。
  4. いつの大会でもそうかもしれないけど、面白い良い選手がたくさんいた。
    • 個人的には、若き日のバッジオ、変態キーパーのイギータ、カメルーンのロジェ・ミラなどなど。

アメリカ(1994年)

  1. 「サッカー不毛の地」と呼ばれた国での開催だが、大会的には大成功。
  2. 何しろ「サッカー場」などないので、フットボール場などで試合を行った。
  3. サッカー日本代表にとっては「ドーハの悲劇」の時の大会。
    • ちなみに次回大会の優勝国であるフランスも同じ様な境遇を辿って本大会出場を逃している。日本では「パリの悲劇」とか何とか。
  4. バッジオのPK失敗で幕を閉じた。
  5. この大会でオウンゴールを決めてしまったコロンビアのディフェンダーがその後に射殺されると言うショッキングな出来事が起こった。
  6. マラドーナ、ドーピングに引っかかって追放。本当に話題の尽きない人だなぁw
  7. ジュビロで活躍した現ブラジル代表監督のドゥンガや、ブルガリアの英雄ストイチコフ、ロマーリオなんかが活躍した。
    • どうでも良いんだけど個人的には坊主になる前のヘンリク・ラーション(ドレッド時代[1])が忘れられない。テニスのアンドレ・アガシと同じで。

フランス(1998年)

  1. 出場枠が32に。
  2. そして日本初出場。
    • いきなりアルゼンチン・クロアチアと言った強豪国と当たり、ジャマイカにも破れて3戦全敗。初めはそんなもんです。初めは。
    • 記念すべき初ゴールを決めたのはゴンこと中山隊長。ジャマイカ戦。
      • ちなみに試合中に骨折していた事が後から分かったのは有名な話。気付かずにプレーを続けていた。
    • この大会での活躍が認められて中田(英)はペルージャへ旅立った(確か)。
      • あと確かまだ10代だった小野伸二が最後のジャマイカ戦で後半ちょっとだけ出て割と良い動きをしていた記憶がある。
    • 岡ちゃんの「外れるのはカズ、三浦カズ(他2名)」が忘れられない。
  3. 優勝は自国開催のフランス。
    • 決勝でのジダンの2ゴール(何れもヘディング)は鮮烈に残っている。いや深い意味はないけど。
      • この試合、ロナウドが試合前に痙攣を起こしたとかで本調子を出せなかったと言うのも記憶に残っている。結果0-3の完敗。ロスタイムのプティのトドメが更に哀れを誘った。
    • フランスはジャケ監督の下「カントナ外し」を行ってジダンを中心とした若手主体のチームを作って大成功した。
  4. イングランドvsアルゼンチン戦で当時から注目の選手だったベッカムがシメオネに仕返しして1発退場と言うのも鮮烈な出来事だった。
    • その試合で当時まだ18才だった元祖ワンダーボーイ、マイケル・オーウェンがハーフウェー付近から4~50mの距離をゴール前までスピードで一気に突破、そして決めると言った(vsアルゼンチンだけに)マラドーナも真っ青なスーパーゴールがあった。
    • ベッカムは予選リーグで、元祖ボンバーヘッドのバルデラマ擁するコロンビア戦でもフリーキックを決めたりと活躍してたんだけど、悪い意味で若さが出た。

日本・韓国(2002年)

  1. 結果として「共催」という形となったが、そこに至るまでの経緯はすべて「大人の事情」
    • 取り敢えず「KOREA/JAPAN」と日本が後に来る形で収まった。
    • その影響で減ってしまった日本での開催地の選考では多少の波乱もあった。
  2. ベッカム様率いるイングランドや、文字通りの達男集団であるイタリア代表は一躍日本の女性達のハートを奪って行った。
    • あとカメルーン代表の滞在地だった中津江村も代表チームが遅れてやってきた事で話題に。
  3. いきなりセネガルが前回大会優勝国のフランスを下すという大波乱で幕を空けた。
    • 最後は3R(ロナウド・リバウド・ロナウジーニョ)の活躍もあってブラジルの優勝で幕を閉じた。
      • 決勝の相手で日本でも有名なドイツのキーパー、カーンがポストに背を預けて呆然としてる画は今でも忘れられない。あとロナウドのふざけた髪型(大五郎カット)はもっと忘れられない。
      • ガチャピン(ロナウド)は大怪我からの復帰で大活躍、そして大会後に回復を辛抱強く待った所属チームのインテルを捨ててレアルに行きやがった。ふざけろよ。(byインテリスタ)
  4. アルゼンチンがイングランドにベッカム的な意味でも借りを返されて予選リーグ敗退しているのも印象的。

ドイツ(2006年)

  1. ジダンが頭突いた。



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